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2022年5月17日

【PICK UP! LOCAL ACTION】#12 千駄ヶ谷の自宅サロン

「PICK UP! LOCAL ACTION」は、渋谷区内のユニークな地域交流・地域活動を取材し紹介していく連載です。2022年度の渋谷おとなりサンデーのテーマは、「おとなりさんを、つくろう」。ご近所に暮らす人だけでなく、活動や趣味を通じて知り合う仲間も「おとなりさん」だと考え、事務局では、地域に根ざしてさまざまな活動を続ける人たちの取り組みを紹介しています。

今回取材したのは、千駄ヶ谷のご自宅の1階を開放し、月に一度「みんなのカフェ」というサロンを開催している橋本宏子さん。橋本さんは長年、女性福祉や児童福祉の分野の研究者として教鞭を執ってきた方ですが、現在は教育現場からは離れ、こうして地域に場を開く活動をされています。そして年齢を聞いてびっくり、今年93歳になられるそうです。一体、どのような思いで始め、なぜここまで続けられているのか。さっそく、お話をうかがってみました。

旬のものを食べたり、歌を歌ったり。

千駄ヶ谷の住宅街の一角。ここに、橋本さんのご自宅があります。お部屋に入ると、大きなダイニングテーブルが1つ。これを囲むようにして、さまざまな形のソファや椅子が並べられています。コロナが流行る前、多いときでは25人もの参加者が集まったこともあるのだとか。公共の施設を利用したイベントが多いなか、アットホームな雰囲気で手作りのお料理が食べられることが、サロンの人気の理由のようです。


(ある日のサロンの様子。歌の先生による指導で、みんなで発声の体操をしたそうです。)

サロンが開催されるのは毎月第2金曜、12時から15時のだいたい3時間くらい。ボランティアの皆さんによる手作りランチをみんなで食べたり、お茶やコーヒーを飲みながらおしゃべりをしたり、そのときどきのアクティビティを楽しんでいます。
ランチは、春はちらし寿司、夏は五目そうめん、秋は栗ごはん、冬はシチューなど、ひとり暮らしではなかなか作れないもの。料理の準備をされている久下さんのセンスと計らいで、素材の質が良いもの、季節のものを取り入れたランチになっています。
「手作りのものが食べられるなんて」「ここに来ると、季節のものが食べられる」と大好評。ある年のクリスマスには、みなさんの希望で丸鶏のローストチキンや手作りのショートケーキを用意したこともあったというから、驚きです。長く続けるために、材料代として参加費300円(ボランティアスタッフも)をいただいていますが、案内版を見てふらっと参加してくれる人もたまにいるそうです。
ランチのあとはギターやハーモニカの演奏をしてもらったり、懐かしい歌をみんなで歌ったり、体操を教えてもらったり。あらかじめ企画することもありますが、その場の雰囲気で何かすることが多いそうです。いつ来て、いつ帰ってもいいという自由さで、もう10年近くもサロンを続けています。


(「みんなのカフェ」オーナーの橋本宏子さん。)

月に一度でも通っていると、知り合いが増えてくるもの。参加してくださる方の中には、千駄ヶ谷に暮らす人だけでなく、自転車や電車に乗ってくる人もいます。みんな、このサロンや渋谷区のイベントなど、活動や趣味を通じて知り合った仲間。橋本さんはご自身を振り返りながら「80代くらいになると、電車に乗って古い友だちに会いに行けなくなります。歳をとってもご近所に顔見知りがいることは、心強いんです」と教えてくれました。そう思っている人は、橋本さんだけではないはず。サロンは、顔見知りが増えることで日々の楽しみと安心感が増え、それによってそれぞれが心身ともに健康で暮らすことができる、みんなのよりどころのような場になっていました。

「居場所をつくりたい」と、意気投合。

橋本さんがサロンを始めたのは2013年から。千駄ヶ谷に自宅を建ててからも長年熊本の大学で働いていましたが、定年を迎えてから東京に戻りました。最初は1階を画廊として借りてもらっていたものの、その後空くことになり、せっかくならこれからはサロンとして活用したいと思ったそうです。というのも橋本さん自身、ご近所に知り合いが少なく、自分の暮らす地域の人と知り合いたいと考えていたから。一方で、サロンをするためにどうしたらいいのかは、わからない。そんなときに出会ったのが、幡ヶ谷で「居場所ひだまりぬくぬく」というサロン活動をされている久下千代さんでした。


(写真左:橋本さんと一緒にサロンを開催している久下千代さん。)

久下さんは2011年の震災をきっかけに、「たとえすべてがなくなっても、人の絆さえあれば大丈夫!」と確信。そして、「地域に安心できるよりどころがほしい」と、2012年に仲間たちと幡ヶ谷に月一度のカフェをオープンしました。そんなときに橋本さんと出会い、サロンをやりたいと相談を受けた久下さんは、大賛成。「喜んでお手伝いします!」とお返事しました。自宅を開放することは、高齢者にとって、施設以上に安心できる場所になるはずだし、何より自宅という場所なら、活動自体が長続きするはず。そんな可能性も感じて、橋本さんと一緒にサロンを始めることにしたのです。
それから10年が経ち、今では渋谷区内も含め、さまざまな地域に、さまざまなスタイルのカフェができています。久下さんは「わたしの夢、実現してる!居場所、増えてる!」と、喜びの声で振り返ります。橋本さんや久下さんの活動は、少なからず地域の居場所づくりにも影響を与えているようです。

「自分と社会のことはセット」。みんなに喜んでもらえたら、自分の人生もプラスになる。

とはいえ、うまくいったことばかりではありませんでした。たくさんの人が来てくれるようになったのは、橋本さんが地道に声をかけ続けたから。たとえば、自宅の前の通りを歩いている人に、喫茶店で隣になった人に、バス停でバスを待っている人に。居場所を必要としているのではないかと感じる人を見かけたら、サロンにお声かけするのです。それは、サロンの参加者を単に増やしたいからというものではなく、頼れる場所、楽しめる場所が社会にはあり、必要な人に届いてほしいという思いからなのではないかと、わたしは感じました。おしゃべりをすることで心のつかえが取れたり、人間関係が少しずつ広がったり。そういうことがきっかけとなり、生きがいを持って暮らせる高齢者が増えたなら、社会を少しでも変えられるのではないか。そういう思いがあるからこそ、橋本さんはここまで続けられる。
「何もしなかったら、社会は何も変わらない。何もしないでいるよりは、何かしていたほうがまし」と橋本さんは言います。その言葉には、使命感や社会への関心が表れていました。そしてある意味サロンは橋本さんにとって、生涯にわたる研究のひとつ。そう思わずにはいられませんでした。


(サロンの一角には、本棚スペースが。橋本さんが今でも読んでいる専門書がたくさん並んでいます。)

橋本さんは、病気の治療で入院していたこともあったそうですが、それでもサロンの前日にはご自宅に戻り、休まずサロンを開催しました。それは、旦那さんが亡くなったときも同じ。「続けることが大事。何かがあったとしても、それはそれ、これはこれ。細く長く続けることで、何かが広がるかもしれないから」と橋本さんは語ります。
娘さんからは、「お母さんが一番得をしているんじゃないの?(笑)」と言われているそう。「一人で生きるよりも、地域で生きる方が楽しいじゃない」と橋本さんは語ってくれました。月に一度時間を共にすることで顔見知りが増え、社会に安心感が増えていく。参加者だけでなく、橋本さん自身が、人や地域とのつながりという豊かさを感じながら、サロンを続けてきたことが伺えました。


(写真右:サロン参加者の川俣千代子さん。橋本さん、久下さんにめぐり会えたことがうれしいといろいろお話してくれました。)

渋谷区には、地域に根ざして活動している人たちがたくさんいます。渋谷という地域のことをもっと知りたい人も、おとなりサンデーで何か企画したい人も、引き続き「PICK UP LOCAL ACTION」をぜひチェックしてみてください。

※撮影時のみ、マスクを外していただきました。

テキスト:家洞 李沙