2023年4月21日
【渋谷おとなり散歩開催レポート②】まちに存在する「残された課題」を 地域支援の達人と一緒に見つけよう!
3月25日(土)、あいにくの雨。今日の案内人は戸所信貴さん。「ささはたまちのお手伝いマネージャー」という活動を行なっている人です。戸所さんがやっているまちのお手伝いは、道案内から荷物の配達、家の片付けや庭の手入れなどさまざま。一見“なんでも屋さん”なのですが、戸所さんは実は社会福祉士、ケアマネージャー、ホームヘルパーなどの資格を持つ福祉の専門家。そんな専門家がなぜ「まちのお手伝いマネージャー」になったのでしょうか。
■十号通り商店街は、季節柄サクラの飾り。商店街も高齢化が進んできたこともあって、戸所さんとボランテイアの仲間(商店街の方々も含む)が、年に数回、飾りつけを行なっているという
■戸所さんが歩いていると、いろいろな人が声をかけてくる(左)。「まちのお手伝いマネージャー」の拠点は「笹塚十号通り商店街」の中にある商店街振興組合事務所の入口(右)。入口の脇のテーブルは、誰もが人形やバッチなどの小物を置いていってくれていいスペースで、ここに置かれた小物は誰でも持ち帰っていいのだそうだ。
■事務所で戸所さんのお話を聞く
もともと建築設計の仕事をしていた戸所さんが福祉の仕事に転職したきっかけは、両親と祖母が相次いで要介護になったからだったそうです。そしてケアワーカーなどを経て、笹塚・幡ヶ谷地区の地域包括支援センターに12年ほど勤務されていました。センターは高齢者の総合相談窓口なので、相談を受けていろいろな部署につないでいくのですが、多くの相談はさまざまな事情が複合的に絡み合っていることも多いのだそうです。「人はなかなか『助けてほしい』って言えないんですよ。やっと勇気を出して包括支援センターに連絡が来た時はもう問題が大きくなってからだったりすることがすごく多かったんです」と戸所さん。そうしたさまざまな事情を抱えた人々と向き合うなかで、戸所さんが気づいたのは、「行政としてできることはあるけれど、行政ではできないことは多い」ということでした。ヘルパーさんは掃除や買い物をしてくれるし、デイサービスで運動したりお風呂に入れたりもする。けれども、「日常の中に帰ると家の中でできないことがたくさんある」ということ。例えば、庭の手入れや、照明の傘を替える、重い荷物を持って階段を上がる、などといった日常の些細なことができない。こうしたことは、「ケアマネジャーさんやヘルパーさんの仕事の範疇外なので、頼めないんですよ」。
包括支援センターの頃から、戸所さんは子どもも高齢者も障害者も気軽に来られるコミュニティカフェを笹塚十号通り商店街や幡ヶ谷六号坂商店街などで月一回、開催しはじめました。ただ、「問題は孤独死になるような方はそういうところには来ない、ということです。そういう方をどういうふうに救えるか、というのがいまの社会問題なんです」。階段の登り降りができないから、家にこもったきり、ゴミも捨てられないままたまっていく人もいる。生活保護から漏れてしまっている人もいる。だからこそ、「行政でできることできないことに関係なく相談できる、まちのお手伝い屋さんとして存在しよう」という思いで自身でNPOを立ち上げ、高齢者も障害者も含めて、もっと気軽で垣根の低い相談サポートをすることにしたのです。「だから僕のことを“いろいろ相談できる便利屋さん”と思っているおばあちゃんとか多いですよ」と戸所さん。「そういうふうに見てもらっていいんです。そうすると話しかけやすいし、いろんな話から実はこういうことに困っているという話になりやすい。そこからおうちに訪問するということになります」。
■エレベーターのない5階建ての都営住宅の階段を登る。高齢者など足腰の弱い人はここを登り降りするのも大変だ。
「まちのお手伝いマネジャー」活動の中心メンバーは、ケアマネジャーや看護師さんなど福祉医療関係の方、植木職人さんなど20名ほどで、本職の傍ら月1回とか週1回とかのボランティアとして来てくれるほか、学生や地元の方々など、さまざまな人々が参加しているそうです。
始めた当初は月50件くらいだった件数は、いまでは相談件数が月200〜300件、実際のサポートは月120〜200件にまで増え、「この小さな商店街の中だけで月200件もの相談があるというのは私自身も驚きでした。どんどん増えていって、いまは手が回らないくらい。制度ではまかないきれないことが、地域の中には本当にたくさんあるんだなと感じています」と戸所さん。相談の依頼は包括支援センターや保健所、社会福祉協議会などの関係機関から来る相談には相当にハードなサポートが必要な場合もあるようですが、圧倒的に多いのは本人からの相談だそうです。
そのなかでも多いのは、植物のサポート。水をまいたり植木の整理をしたり剪定したり草むしりをしたり……「以前はお花がいっぱいだったんでしょうね。歳をとって植物の世話ができなくなって荒れてしまった庭を曇ったガラス越しに介護ベットから毎日見ている。そんな状態になっていろいろなことを諦めて生活している。そこでひとりでなくなっていた、というのは、私には悲しくて耐えられなかったですね。なので、少しでもきれいにして、またお花を買ってきてあげたり、種を蒔いて植えたりしてあげられると、希望がある生活に少し変化するのかなと思います」。この言葉、心に沁みました。
■笹塚・幡ヶ谷地域包括支援センターのテラスでは月一回コミュニティカフェが開催される。テラス前の花壇「ささはたカフェガーデン」では、育てきれなくなった植物を植え替えてボランティアさんたちが育てている
■晴天の場合はテラスで行われるカフェだが、雨により室内で。バイオリン演奏を楽しむ。
そんな育てきれなくなった植木を植え替え、保護猫ならぬ“保護植物”として育てているのが「ささはたカフェガーデン」。ガーデンは笹塚・幡ヶ谷地域包括支援センターのテラス前にあり、お散歩の日はちょうど、月一回のコミュニティカフェの開催日。あいにくの雨でしたが、バイオリン演奏を聴きながら、障害を持つ方も地域のボランティアの方々もともにひとときを共有しながら、まちのお手伝いは誰もができることなのではないだろうか、という思いがこみ上げました。おとなりさんが孤独死したということに衝撃を受けたひとりから始まったのが「隣人祭」。もしも困っている人がいたら、なにか手助けをしたいと思うのは人情です。お手伝いボランティアは募集しているのか、と聞いたところ、いまのところ公募していないとのこと。「地域の人でやりたいという人は多いんですがちょっと迷いがあるんです。人数を増やしたいところもあるんですけど、住民同士の助け合いと言っても難しいところもあります。ただ、草むしりとか、プライバシー外のことはたくさんあるので、別のかたちで仕組みにしていく必要はあるかもしれません。学生ボランティアや地域の様々な社会資源と積極的に連携していきたいです」。
印象に残ったのは、「困った時に『助けて』と言える人が周りに何人いるかなんですよ」と言う戸所さんの言葉。互いに助け合う連帯が薄れているいま、まちのお手伝いマネジャーの存在は心強い。
テキスト:紫牟田 伸子